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ここでは主に僕の病気の治療の記録を記しています。投薬記録、次回通院までに伝える事。不定期でもその日その日の体調の変化等。主に病気の事柄に関しての事です。
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まずはこちらを見てください!

今日2回目の更新です。これを別の章にしたのは、余りに続けて書くと長くなるので、見難くなってしまって分けてみました。

今日弁護士へ288万円振り込みました。もちろん俺の金じゃありません。でも親が立て替えてくれました。こんな情けない子供の為に今迄必死に俺のいざと言うときの為に、貯めて置いてくれたお金をポンと出してくれました。一言『良い勉強した』と言って。笑って。

本当に情けない子供です。いつまで経っても親に頼ってばかりいて・・・・。これから恩返しをしなければいけないとか、そんなことは考えてません。これは義務です。恩返しではなくこれは俺に課せられた義務なんです。いくらお金を返しても、いくら恩返ししたと言い張っても、到底出来ていないと思います。そして出来ないでしょう。じゃどうすればいいのか、答えは出ていません。でも俺が一人で歩いていける事、これが最大のそして、最高のものだと信じています。生きる事それが俺の使命です。

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今これから書くことは、俺の僕の整理の為に書くことであって、他人の為に書く事でも、知らせる事でもないので、気にしないでください。でも、これから書く事は、俺にとって大変重要でこれから先の戒めみたいな事なんです。

以前にも書いた事なんですけど、僕は多重債務(借金)に苦しんでいます。今は、だいぶ楽になりましたが、それでも今も進行形です。

僕が借金をしだしたのは、まだ某テーマパークの契約社員をしていた頃です。僕のその頃の心境は、余りにも稚拙で幼い人間だったと言う言葉で片付きます。

その頃僕には彼女がいました。そしてその彼女と結婚までしたいとも思っていました。それは、彼女が好きだったからに決まっています。でも、その他にもいろいろな理由がありました。年齢・世間体・過去の問題等々。ただ彼女を利用した訳ではない筈なんですけど、結果的にそうなってしまったんです。でも結婚まで行かなかったんで、今思えば良かったんだと思います。

僕は、どこかで中学時代の自分・高校時代の自分と決別したい。そして大学に行って無くても、良い暮らし(物質的に)が出来る人間と思われたいし、そうしなければいけないと思っていました。そして結婚も、契約社員ではなく、正社員として働いてこそするもので有ると思っていました。でも、そう上手く行く筈もありません。相当焦りました。非常につまんない事でも有るんですけど、地位や名誉みたいなものを手にすることばかり考えていました。ちなみに彼女からのプレッシャーはありませんでしたが、自分自身でプレッシャーをかけてはいました。

でも上でも書いた通り、そんな上手く行くはずはありません。何年経っても、契約社員は契約社員のまま。給料だって上がるはずはありません。初めから、そう決まっていたんですからしょうがないですよね。正社員への登用はありませんと言われていましたから。でも甘い期待をしていたのは事実です。そこで本当に焦りましたよ。正社員として違う会社を選びに選んで、履歴書出しまくって、面接も何社も受けました。でも時代のせいも有るんでしょうけど、全部落ちましたね。見事に。その憂さを晴らすために毎晩飲みに行ったり、物を買う事でストレスを発散させていました。その時の彼女との付き合いも、そんな状況でギクシャクして(自分でそうさせましたけど)もうどうでもいいや!俺なんて!て言う気持ちで、自然消滅を狙って連絡を取らなくなりました。友達も先輩からも、いろいろ言われましたけど、結局連絡は取りませんでした。半年間全く。その間彼女は聞いた話によると大変だったらしいです。そりゃそうでしょう。理由も言わず、突然連絡を取らなくなったんですから・・・・。僕は彼女を不幸にしたんです。

生活は全く改善されません。契約社員のまま、給料も上がりません。彼女とは半年後別れました。もうどうにでもなれって感じで、毎晩飲んだり意味も無く買い物したり。そんな状況ですから、自然にお金も足りなくなります。自然の成り行きですよね。その時点で誰かに相談すればいい物を。誰にも相談せずに、やっていこうと決めてましたから、本当に孤独でした。周りには、順調ですって顔をしながら生きていました。仮面生活です。

そしてとうとう、精神的に追い詰められて破綻しました。自殺未遂(車に飛び込もうとしたり)した時点で、自分はもうお終いだって思いましたね。それから会社も辞めました。

非常に長くなります。ここで一旦終わります。続きは第2章で。

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この時点で、負債総額はそんなに有りませんでした。額はもうだいぶ前の話なので覚えていないのですが。前に付き合っていた彼女は何とか立ち直り、僕の知り合いと結婚をしたそうです。風の噂で知りました。正直落ち込みましたね。すごくいい気なもんですが、ずっと僕を待っててくれると思っていたからです。

僕はと言えばとある地元の有名ホテルにバイトとして入社しました。その前に心療内科にも掛かり、軽いうつ病と言う診断もされました。そのいきさつは、前にも書きましたので、ホームページの方を観て頂ければお分かりになると思います。この時点から僕はうつ病とも戦っています。この病気と借金には深いつながりがあるんです。

さて地元のホテルでバイトをしていた頃の僕は、生活自体(給与自体減ったもんで)キュウキュウでした。でもクレジットカードを使って買い物をしたり、バイトを始める前と同じ生活水準を維持しようとしました。どだい無理な話です。でも、どうしてもそうしたかったんです。前の仕事仲間と交流もあったんで意地張っていたんですよ。仕事を辞めても全く問題ないよという意思表示みたいなものです。でもそんな事をしたって、誰も得はしないですし、僕自身が苦しみもがくきっかけなんですけどね。当時は全くそんなことは思いませんでしたし、もし思っていたとしても、制御できなかったです。

でもはっきり言って無理です。バイトの給料だじゃ生活できません。キャッシングしたりしました。振込み日前になると本当に忙しかったです。それでも何とかなっていましたけど・・・。それから山梨のキャンプ場に勤めたりもしましたが、借金生活は変わりませんでした。この間2年ぐらいこの調子でいました。その間にどんどんストレスが溜まっていったのでしょう。鬱が酷くなりました。これは今だから思うのですが、僕にとってのストレスの原因は、会社の人間関係とか、将来の不安と言ったものも確かにあります。でもそれはいろんな人が感じる悩みであって、そんなに深いものではなかったんだと思います。はっきり言って借金の事しか頭にありませんでした。常に『お金』が付きまとっていた感があります。そしてついに破綻しましました。精神がもう無理だったんでしょう。人間関係もちょっと悪かったと言う事も有ります。

第3章に続きます。

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突然破綻は訪れました。それは身体に出る症状だったのです。『過呼吸』です。

難しい事はわからないのですが、『過呼吸』とは息を吸いすぎてしまい呼吸が困難になってしまうと言う事です。これは精神的なストレスであったり、特定の心臓疾患の方がなったりもするそうです。でも僕の場合は精神的な、ストレスから来るものです。

僕の場合職場の人間関係とやっぱり借金です。初めは職場の人間関係から来ました。余りにひどい扱いをされたという意識は無いのですが、僕は干されていました。仕事を貰えなかったのです。理由は簡単です。いろいろ文句を言ったからです。その会社は、事あるごとにミーティングを開いていました。それも一般社員は開かなくて上の上司に当る人間のみで。でもその会社自体全従業員数が20名ぐらいなんです。その内上司と言われる人間が10名なんです。だから僕はあえてずっと訴えていました。ミーティングならば2回か3回かに別れて皆でやりましょうと。でも聞き入れられませんでした。それでも情報だけは常に流してください。とは言っていました。ところが、その必要な情報も降りてこなくなり、僕はもっとちゃんと情報を降ろすよう言い続けました。言い出すと初めの1週間ぐらいは良いのですが、その次の週からは全く折りてこなくなりました。

そんな事が続いていたせいで、僕は会社に対し不信感を抱くようになりました。また会社も同じく、僕に対して仕事を減らすようになって来たのです。あえてこの会社については深く書きませんが、この時の精神状態が良くなかったのでしょう。借金生活・今後の身の振り方・世間体等いろんな事が頭をよぎっていました。仕事を辞めるとなれば、借金が返せなくなり、貯金も無い自分では生活できない。仕事を探すとなればそれなりに時間がかかりますし、その間は会社にいなければなりません。でも会社の状態では、僕の居場所は無かったのです。もう頭の中がどうして良いのかわからなくなりました。こんがらがって、こんがらがって、ぐちゃぐちゃになって行きました。

そんなとある朝に、過呼吸になってしまったのです。幸い発作は収まりましたが、その日から会社には行けなくなりました。それからはもっと酷くなりました。だってこのままでいたら、退職は間違いありません。でも動く事もできません。もうぐるぐる固まっていましたね。何時も頭にあるのは『俺は社会不適応者』と言う文字しか頭にありませんでした。その頃より、借金の返済も滞りがちになってしまい、督促の手紙・電話も来ました。電話に出る事も怖くて出られませんでした。最悪な状態です。これでも借金の事は誰にも相談できませんでした。

第4章へ続きます。

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それからと言うもの、電話も怖く何もかもが怖くて溜まりませんでした。何時も怯えていて、今後の事、借金の事、いろんな事から逃げ出したくてでも逃げ出せなくて・・・。死にたいとも思いました。そんなことも有り、実家に帰ってきました。もちろん仕事も辞めました。もうどうして良いか判らなく、電話や手紙や親にバレ無いよう本当に心血注ぎました。それがかえって良くなかったんでしょうね。でも何時までも親を騙せるような物では有りません。結局はバレてしまったんです。それは僕が弁護士を立てて債務整理した日でした。

結局親にもバレてしまい、借金残高は合計で360万もの膨大な金額になってしまっていました。結局親が肩代わりをしてくれて、俺は親に返済していく事になっているのですが、今はまた無職です。でも今月2006/6/15よりまた働き始めます。今度はバイトですけど。

ここまで書いて、本当に俺は情けないし、しょうがない男だと思っています。でもこれが無かったらもっと変になっていたのかもしれません。本当はホテルでの就職も決まっていたんですが、それすらも行けなくなり、当初は物凄く悩みました。借金問題も、一応目処もつき楽になったのにと。でも、鬱と言う病気はそんな簡単に治るもんじゃないんです。就職前に弁護士に会ったり、債務整理の為に駆けずり回っていて、就職の準備もしなければいけないと言う事に、僕の精神が付いてこれなくなったんだと思います。また過呼吸が出てしまい、救急車で3度も運ばれてしまうと言う事態まで起こしてしまいました。要するに身体が休めと言っていたのです。

強いストレスに耐えられなくなったんだろうと思います。確かにそうですよね。自分が鬱と言う事をすっかり忘れていましたから。でも今はもう大丈夫。ゆっくり休養しましたから。

今回の4~5年で学んだ事は、1つには見栄を張らない事。自分で良いんだと、思うこと。2つ目は、一人で考え込まない事、そして抱え込まない事。そして最後に自分を飾らないで生きていく事。これを学びました。

まだまだ借金は残っています。まだ債務整理中ですし、無職の身ですから。でもこれからは自分を飾らないで、生きていこうと思っています。親への返済等、いろいろこれから先有ります。でも飾らずに生きていこうと心がけていくつもりです。

高望みはしない、自分のしたい事に専念できる環境を作る事。それが今の僕の目標です。

0:27 2006/06/11

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1973/04/19
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趣味:
写真・読書・映画鑑賞・芝居鑑賞
自己紹介:
自分は“パニック障害”と“うつ病”の人間です。だけど今自分は生きています!そしてこれからも自分は生きていきます。そんな人間の独り言と写真を載せています。良かったらコーヒーでも飲みながらご覧ください。

あっあんまり面白くないかも(笑)
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